エフェメラの胎動

おまじない

ネロリ

 

 

死ぬほど泣いた日は思い出せるのに

 

死ぬほど笑った日が思い出せない

 

 

正しい脈拍を探している

 

まっさら綺麗に白い手首に

左手を寄せても

聞えるのは風の音だけ

 

滑っていくほど美しかった

貴方の腹部

 

木目みたいに通る静脈に

針を刺したらどれだけ

綺麗に流れるだろうと思った

唾液でさえ

 

 

刃物を持っていない

爪を見る

突き立てる

貴方の赤色が見たくて

牛乳を毎日飲んだよ

 

風が吹いている

網膜が割れる

風が吹いている

 

 

 

牛乳屋さん

 

 

「なくしたものって、どこに行ってるんだろう」

 

目の前を茶色い猫が通り過ぎる

指紋のついた眼鏡

煩わしいのは視界だけではなかった

 

「眼鏡に雨がつかないようにしてほしい」

 

すっかり曇った空はまっしろに牛乳みたいにぺかぺかしていたけど、明日も明後日も天気は悪いみたいで 

夏だというのに長袖ばかり着ている

太陽が、怖い

 

「白い服が好きなんだ でもすぐ汚れる 良いものは白が買えない あんなに綺麗なのに」

 

電車の窓から空を眺めると、たくさんのビルの谷間から大きな羽が生える

うさぎが泳ぐ 

街に切り取られた背景が牛乳瓶みたいに

しゅるしゅると 自分が小さく小さくなるような気がした

 

部屋に飾った、水の入った硝子を思い出した

目がちかちかする 

自転車の前かごに棺桶を詰め込んで、今日は歌って帰ろうと思う

 

 

 

白い紫陽花が部屋に咲いた

 

 

すきま風

薄ら白い昼間の雲と煙が溶ける

融解、誘拐、幽界の断片

白いつば付き帽子の影をするりと抜ける

透ける

破れた毛布の中身をぐちゃぐちゃに

騒ぎ喚いても

 

 

踏み荒らした花を母が綺麗ねと言って落ちる午下りの夏

 

 

 

絶え間ない他殺

絶え間ない他殺


痰を吐き切って

刮げ落ちた頬に手を寄せる


破壊された花壇

破壊された花壇

 


真空パック

 


躑躅に口を

蟻 、蟻 、蟻 

這わす陶器の皮膚

 

花壇は焼かれ焦げた

煤を掻き集めて 

白い君の喉へ

 

 

また、夏が来るよ

 

 

 

どうでもよかったはずの夕暮れ

笑って手を振る

何故、と言えなかった 

焼け落ちた空には海が近い

忘れるはずだった 忘れたかった

遥か彼方まで遠く続く白い雲に

もう覚えていない記憶を呼び起こして

写真には残っていない

青い制服のベルトを折り上げている

忘れたかった 忘れていなかった

安いアイス 

溶ける体温

 

どうでもよかった夕暮れ

青と橙だけがずっと 

瞼に焼き付いている